ぼくのおじさん/北杜夫

私の中で北杜夫=どくとるマンボウのイメージが強い。
中学生くらいの時、図書室に置いてあったのをちょこちょこ読んだ記憶があるが、
映画化のタイミングで北杜夫読みたい欲に駆られ手に取った。

主人公・小学6年生の「ぼく」と、
大学の先生をやってはいるが、30も過ぎてあまり働かず「ぼく」の家に居候している「おじさん」。

おじさんはいつもゴロゴロして、僕にマンガを買ってこさせようとする、
どうしようもない人間。
早く出て行ってくれないかなあと思いながら、おじさんに振り回されっぱなしのぼく。
ある日、ぼくはそんなおじさんのダメっぷりを書いた作文で入賞し、おじさんとハワイに行くことになる。

「ぼくのおじさん」は子供でも読みやすいように、やさしい言葉で書かれた短編集。
北杜夫自身の、かつてダメな「おじさん」だったころの思い出と、
執筆当時(1964年4月)に海外渡航の自由化が実施された時代背景がテーマとして描かれている。

小学生の「ぼく」の視点から描かれる「おじさん」は基本いいかっこしいである。
口だけは達者で、行動が伴わない。

ここでいう「おじさん」はまるで自分を映し出されているようで、
ドキッとする。私のことですか。

ぼく:「おじさんて、あんがいなにも知らないんだね。」
おじさん:「そんなことあるものか。おじさんはなんでも知っている。
ただこどもが知っているようなことは知らないんだ。それは頭脳のムダだからな。」

大人の武器は、言葉が上手く扱えることと、経験から得たずる賢さだ。
この本の「ぼく」のように、子どもは意外と冷静に大人を観察している。
尊敬に値する大人か、そうでないかを感じ取っている。

自分が昔大人のことをそう見ていたはずなのに、今は自分が見られる側になってしまった。
大人は物知りで、正しいものだと思っていた子どもは、
今このように働かず、漫画を読み、気まぐれにブログを書いている。

ぼくのおじさんそのものだ。

いつになったら、胸を張って尊敬される大人になれるのだろうか。
とりあえず身近な甥っ子に失望されないよう、「まず」働いて、お子様ランチを奢れば何とか面目は保てるだろう。

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