エディプスの恋人/筒井康隆

昨日の金曜ロードショーで、久しぶりに時をかける少女を観た。

公開当時ハマりすぎて毎日のように奥華子を聞き、
「未来で待ってる。」を反芻していた覚えがある。

時かけといえば筒井康隆だ!と本棚から引っ張りだしてきた。
家族八景から始まる七瀬三部作が大好きで何度も読んでいる。
中でもエディプスの恋人が一番ぶっ飛んでて好きだ。
多分読んで気持ち悪いと思って本を閉じてしまう人もいるかもしれない。

主人公の七瀬は人の心を読むことができるテレパスで、
その秘密を隠しながら高校の教務課の職員として働いていた。
ある時男子生徒・智広の周囲で異様な出来事が起こることに気づき、
追及していく。

一気に面白くなるのが、中盤にさしかかり智広を探っていた七瀬が、
高校生である彼と恋に落ちてから。

智広が何か大きな「意志の力」に守られていることに気づいた七瀬は、
自分が彼を好きになったことすら、「意志に操作されたこと」ではないのかと疑念を抱く。
そしてその意志の力の正体が、行方不明になった智広の母親・珠子であると。

ここからタイトルにも含まれる「エディプス・コンプレックス」のテーマが回収されていく。
エディプス・コンプレックスとは、男の子が母親のことを異性として性愛の感情を抱き、
父親に嫉妬する無意識の葛藤のこと(らしい)。
智広は急にいなくなった母親を、無意識のうちに美しく理想的な女性として崇めていた。
彼の前に現れた七瀬は美しく、まさに彼が求めていた母親そのものだった。

でもこの本の描かれ方として、どちらかといえば母親が息子に対して異性の感情を抱く
イオカステー・コンプレックスの方が大部分を占めているように思う。

善悪の境界もなく、自分の感情や記憶さえもコントロールできてしまう神のような存在になった珠子がただただ恐ろしい。
ラストにおいてはある意味一番残酷な終わり方で辛い気持ちになった。

まだ子供を産んだことがないから一つのSF作品として楽しめるけど、
自分が母親の立場で読んだらどうなんだろう。正常な精神で読めるだろうか。

後半の展開は超展開過ぎて、この作品が昭和52年に刊行されたと知って驚いた。
自分がこの作品を読む前にエヴァンゲリオンを観ていたからか、
別作品ではあるけどなんとなく世界観がリンクしてみえる。

つまり何が言いたいかと言うと、筒井康隆は最高だし、
エヴァンゲリオンの劇場版が楽しみです。

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