はたらかないで、たらふく食べたい/栗原康

高松へ行った時、北浜Alleyにある本屋『BOOK MARÜTE』で入手した本。

帯に触れると雨宮まみさんのコメントが。
「ああ、亡くなってしまってしまったんだな」と改めて思う。
文章が好きだったので、思い出すと悲しい。

さて、一番の問題はこの本が私の本棚に鎮座していることだ。
実際働いてないし、たらふくは・・・食べていない。

この本は「働かないで食べていける方法を、みんなで一緒にさがそうぜ」という労働倫理を揺るがす提案と、
「社会の秩序を疑え」というメッセージが込められた一冊である。

ただし、一般的な社会論として読み始めてしまうと若干肩透かしをくらう。
現実逃避をしている作者の私的エッセイとして読めばOK、
読んでイライラしてしまう人もいるかもしれない。

ダメな自分を慰めたい人にはうってつけ。でもこれから頑張りたい人は読まないほうがいい。
特に新卒の方々はダメ、絶対。

資本主義社会は消費を美徳とする。
働かざる者食うべからずという当たり前がある。
さらに実感を込めて言えば、30歳を期に「結婚せざるもの、生きるべからず」くらいのプレッシャーをめちゃくちゃ受ける。
独身はコスパが悪い。

働かないやつ、稼げないやつ、結婚できないやつは落伍者だ。
そうやってレッテルを貼られるのが嫌だからといって、
自分のやりたいことができないなんてくそくらえだと作者は言う。

伊藤野枝を引き合いに出して論じている章がある。

伊藤野枝と言えば、許嫁との結婚から逃げ出し、女学校の恩師と駆け落ち。
その後大杉栄と恋愛関係になるも、大杉には妻も愛人もいたため四角関係に陥る。
大正時代にめちゃくちゃ型破りな恋愛をしていた強者である。(本人はこれを矛盾恋愛といった)

伊藤は結婚そのものに疑問を抱いていた。
結婚という制度は「家」のなかに自らを囲い込み、あらゆる可能性を制限してしまうから。
制度や、世間に縛られるのではなく、自由奔放になればいいではないかと。

この思想は極端ではあるが、まあ言いたい事は分かる。
でも、一人ではできなかったことも、二人になってできることがあるのではないか。
結婚したって、独身にはない自由があると信じたい。

そして、私は早く仕事を見つけたい。

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