もの食う人びと/辺見庸

新しい職場。
研修やら手続やらで目まぐるしく6月は過ぎた。

久しぶりの満員電車で気持ち悪くなったり
疲れすぎて気がついたら床で寝落ちしてたりと
今まで家でぐうたらしていたツケがまわってきたのかもしれない。
まあ、何事も初めはこんなもんかと開き直ってやるしかない。

そういえば、通勤電車で読む本は旅に関する本が多い。

この本は、共同通信社の元記者である作者が、世界各国の「食」という行為に目を向け、
現地で同じ空気を吸い、人々と触れあいながら取材をしたルポルタージュだ。

私たちは「飽食」の時代に生まれ、
食べようと思えば美味しいものを口にすることができる。
そんな恵まれた環境の中で、次第に私たちの舌や胃袋は無感動になってしまっているのではないか、と作者は問う。
無感動になってしまった自分の舌と胃袋を「いじめたくなった」という動機で海外へ飛び立つ作者はなかなかのマゾフィストである。

一番読んでいて、苦しかった章がある。
「ミンダナオ島の食の悲劇」。

場所はフィリピンのミンダナオ島。
作者は老人の後についてある場所へ向かっていた。

そこは第二次世界大戦の残留日本兵が1947年まで潜んでいた山の尾根。

「連中(残留日本兵)はこの草とあの肉をいっしょに煮とったよ」
言いながらドゥヤンドゥヤンの花をむしっている。泥道に、血のように鮮やかな朱色の点が散らばった。

残留日本兵たちは島に住む村人たちを食べていた。
作者を案内してくれた老人は、日本兵たちの投降に立ち合い、鍋にある「それ」が人の肉と知らずに食べてしまった生き証人である。
淡々と語られる文章だからこそ、鮮明にその様子が浮かび上がってくる。

「母も妹も食われました」
「私の祖父も日本兵に食べられてしまいました」
「棒に豚のようにくくりつけられて連れていかれ、食べられてしまいました」

飢餓から食べたのかと思いたくなるが、山には鹿やサルもいたし、山芋だってあったという。

人の肉を食べるというタブーを犯す状況を戦争が作り出したのだとすると、
言いようがない恐怖を感じる。

頭の片隅で自分と同じ日本人がそんなことするはずがないと思っていた。
でも事実その現場には、自分の大切な人を食べられてしまった被害者がいる。

相手は覚えている。
私たちは知らない。

それじゃダメなんじゃないか。
日本としては消したい過去かもしれないが、ちゃんと知っておくべきだと思う。

日の当てられない部分にこそ、大事なことがある。

そう考えさせられる本だった。

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