天国大魔境①/石黒正数

 

最近集め始めた天国大魔境。

このマンガがすごい!2019オトコ編1位にもなった。

1巻がリリースされた時、プロモーションとして制作されたアニメPVが話題になっていて、

短いけどこれだけでも世界観が伝わってくる。

 

もうこのクオリティのままアニメ化して欲しいくらい。

いや多分すると思っている。勝手に。

あらすじはある施設に隔離されている子供たちの話と、

廃墟となった日本で天国を目指して旅するキルコとマルの話が交錯しながら進んでいくSFファンタジーだ。

便利屋をやっていたキルコはマルを天国に連れて行くまでのボディーガードを託された。

外の世界には「ヒルコ」「人食い」と呼ばれる化け物が蔓延っている。

キルコはキル光線という銃で、

マルは特殊な力でヒルコの息の根を止めることができる。

お互いの素性が謎に包まれたまま、目的のために協力して前に進む2人にどんどん引き込まれて行く。

絶望的な状況の中でも何気ない会話のやりとりや、日常の一コマをはさむことでストーリーに暗さを感じさせない。

同時に、食べられる物を探すとか、美味しく食べられるように工夫するとか

人間らしい姿を丁寧に描くこと。

当たり前のことがどれだけ貴重なことかを訴えているようにも思える。

ちょうど一昨日2巻が発売されたばかり。

こんなに後が気になるのも久しぶりだ。

スケルトン イン ザ クローゼット/岩本ナオ

 

この本は、岩本ナオがデビューして初の単行本。

私にとっては何回も読み返すバイブル的漫画だ。

「町でうわさの天狗の子」から入って岩本ナオファンになり、

この本に辿りついた。

タイトルになっている「スケルトンインザクローゼット」以外に、6つの短編が収録されている。

スケルトンインザクローゼットとは、「他人に見られたくない子ども」のこと。

公認会計士の試験浪人中のカンちゃんの家に、いとこの中学生野花、

弟で新人漫画家の公二がやってくる。

今年こそ試験に受からなければいけないプレッシャーと戦うカンちゃん。

親と勘当寸前の公二。

離婚したばかりの母親に放任されている野花。

本当は誰かに認められたくて居場所がほしいのに、なかなか素直になれない。

 

私がこの話の中で好きなシーンが3つある。

まず、野花が攻略サイトを見ながらゲームをするシーン。

 

15歳の女の子の口から出た「頼れるものは何でも頼るって決めてんの」という大人びた言葉は、
本当は誰かに頼りたいことの裏返しにもとれる。
ここの、人が強がる心情を漫画に置き換える作者のセンスがすごい。

次に、カンちゃんの好きな人、由美加センパイとの再会。

 

学生時代は化粧っ気のなかった由美加センパイの

「就職してから女はちょっとぐらいきれいにしてたほうが働きやすいって気づいたの」

このパワーワード。

賢い女子たちはもう感覚で気づいていたかもしれないけど、私はこれに気づくまでだいぶかかった。
新卒の頃はピンとこなかったけどさすがに何回も転職すると痛いほど身に染みた。

最後に一番好きなシーン。

公二が自分が好きな人(由美加センパイ)を、カンちゃんも好きだと気づいてしまったシーン。

あきらめようとする公二に対し、野花は「恋をつまらないものにするな」と活を入れる。

 

 

スケルトンインザクローゼットの中身だけでも十分満足するのだけど、

他の短編どれも全てが素晴らしい。

心に沈んだ胸キュンを甦らせたいのなら岩本ナオを読めと言いふらしていきたい。

映像研には手を出すな!/大童澄瞳

最近ハマっている漫画。

当初は単純に高校生がアニメを作る青春ものかな〜と思っていた。

しかし、

3巻まで読むと、学校という舞台と高校生の部活という設定を介して、「アニメーション制作とはなんぞや」とどっぷりその世界に引き込まれていく。

映像研メンバーの浅草、金森、水崎は友人としてではなく、同士として描かれてるのが、普通の青春漫画とはテイストが違って面白い。

また、作者自身アニメーションを独学で制作していた経験があるとのことで、主人公たちが作り上げる構想ボードはかなり緻密に描かれていて説得力がある。

構図も俯瞰やアオリのコマを随所に入れていて、アニメーションのように立体的にみえる。

話の中で特に好きなのは、金森氏によるプロデューサー的能力の描かれ方だ。

お金を稼ぐには人の考えの先を読むこと、

アイデアという飛び道具をもっていればマイナスもプラスに変えられること。

お金を集めたり、クリエイターが最高のパフォーマンスを出すための環境づくりをしたりすることがどれだけ重要か示される。

この漫画を読んでるとジブリの宮崎駿、高畑勲、鈴木敏夫が思い浮かぶ。

こんなに夢中になれることがあることが、共有できる仲間がいることが、羨ましいと思った。

ガラスの靴は割れてもはける①/都陽子

先日、友人宅でバチェラー2を見た。

独身婚活サバイバルと謳っているとおり、

女性たちがあの手この手を使ってバチェラーの小柳津さんにアピールする。

選ばれるという目的はもちろん、彼女たちは女のプライドとも戦っている。
婚活という土俵にすら立っていない自分には、ここまでやらないと駄目なのか・・・というシビアな現実にどんよりした気持ちになる。

この中だったら誰が選ばれるかという談義をしたら、
その場にいた友人(男)と友人(女)でまったく意見が分かれて面白い。

もし今大学生だったら「バチェラーでみる男女脳の違い」とかレポート書きたい。

この漫画の内容も婚活ネタ。

「最後に彼氏いたのいつだっけ?」

俳優の追っかけをしていた妙齢の女子4人組が、推し俳優の結婚を期に婚活を始めるという話。

不倫女子、仕事をやめて専業主婦なりたい女子などあるあるネタが盛り込まれている。

婚活アプリでやり逃げされても、不倫の不毛さに気づいて泣くことも女子会で浄化する。

東京タラレバ娘でも結婚したいなら女子会の頻度を減らせと言っていたけれど、

現実問題なかなか女子会は切り離せないものだ。

ただ、自分の現状においてはここ1、2年で友人たちの結婚により、独身の女子会自体催されなくなった。

大変だ。人手不足だ。

ありがたいことに結婚した後も飲みに行ってくれる友人もいるし、夫婦で仲良くしてくれるしで、ぬるま湯に浸かってしまっている。女子会というより寄合みたいな穏やかな集まりに味を占めてしまった。

ひとまず転職問題は片付いたので、今年度の婚活問題に着手するとしよう。

MW[ムウ]Ⅰ・Ⅱ/手塚治虫

手塚作品だと後期作品が特に好きだ。
ブッダ、火の鳥、アドルフに告ぐ、そしてこのMW。

眉目秀麗で有能な銀行員「結城」と神父の「賀来」二人の男が主人公。
二人は、15年前に秘密化学兵器ガス・MWの事故によって全滅させられた「沖ノ真船島」の生き残りである。
結城はMWの後遺症を負い、当時事故を隠蔽した関係者に復讐をするため、次々と犯罪に手を染めていく。
一方、賀来は結城の犯罪を止めようとするが、神父という立場でありながら、
結城の誘惑に負け、神に背く行動をとってしまう。

1976年に青年誌ビッグコミックで連載開始したこの作品。
「アトム」など少年誌の要素はまったくなく、残虐で悪魔的な人間が描かれている。
何より、手塚治虫が同性愛を描いたっていう。エロいし、グロい。
今ではBL漫画なんて普通だけど、当時だったらかなり革新的だっただろう。
1970年代といえば、萩尾望都「ポーの一族」、竹宮恵子も「風と木の詩」を発表してるし、
BL史の先駆け的な作品の一つだったのかもしれない。

この作品を読んだ時、真っ先に胸糞悪さが残った。
犯罪を犯す結城が常に一枚上手なのだ。
結城という人物に「男と女」「善と悪」の境界を超えさせることで、
自分の常識や正義を疑えと言われているような気がしてくる。

「悪は成敗される」といった類の話は今まで幾度となく目にしてきた。
でもそんな単純明快な事ではなく、「裁かれない悪」の存在に心を惹かれてしまう。
MWを開発した国、保持した政府、隠蔽した役人だって悪だし、結城の犯罪に手を貸してしまう賀来神父も悪だ。
ラストに描かれる結城の微笑みの意味。
人間の愚かさと矛盾を嘲笑うかのようでぞっとする。

この世界の片隅に(下)/こうの史代

この世界の片隅に

下巻は、上・中巻のほのぼのとした空気から一転、
戦争一色に変わり、昭和20年の終戦後まで描かれる。

周作の父は負傷して病院へ。
周作も軍事訓練で家を空けることになり、
すずは大黒柱不在の家を守ることを誓う。

義姉から姪っ子の晴美を連れて、父親のお見舞いを頼まれたすず。
病院の帰り、畑に落ちていた時限爆弾によって、
手をつないでいたはずの晴美と自分の右手を失う。

自分の居場所はどこなんだろうか。
自分は生きていいのだろうか。

子どももできず、晴美も守れない、右手も使えない。
この家に嫁いだ「妻」としての存在意義が見いだせない苦しさが伝わってくる。

中でも印象的なのは、空に飛んでいく鷺を追いかける場面。
鷺=すずが選ばなかった道、実家のある広島での生活や初恋の人と結ばれた未来。
でもそれはもうかなわないことで。

焼夷弾が落ちてくる。周作は体を張ってすずを守るが、
居場所がなくなってしまったすずは「広島に帰る」と伝える。

映画でもこのシーンで思わず泣いてしまったのだが、
周作はすずと一緒にいることを望んでいるのに、
すずはこんな自分は一緒にいれないと思っている。
このすれ違いが切ない。

「すずさんがイヤんならん限り 
すずさんの居場所はここじゃ」

晴美の死をすずのせいだと責めてしまった義姉、
自分のせいだと追い詰めていたすず。
義姉の発したこの一言で、お互いに赦され、本当の家族になった。

終戦を迎え、たとえ周りが焼野原でも、物が足りなくても、
居場所はここだと前を向いて生きる。

周作さんありがとう
この世界の片隅に
うちを見つけてくれてありがとう

すずという魅力的なキャラクターを通して、
日常の中に幸せがあることを教えてくれる、何度でも読み直したくなる作品だ。

この世界の片隅に(中)/こうの史代

戦争が徐々に生活へ迫っていく。
規制が厳しくなる中でも、笑いのこぼれる日常がある。

中巻は、周作とすずの絆が深まっていく様子が中心に描かれる。
これまですずは大らかで、どこか抜けていて天然といったキャラクターだった。

しかし、周作が過去好きだった相手・りんと出会うことで、

本当に結婚したかった人はりんで、自分は「代用品」なんじゃないか。
その嫉妬に苦しむ様子は、

何も知らない少女から一人の女性に変わる瞬間である。

ふとしたところで勘が働くところが、女性。
同性じゃなきゃこんなにリアルな感情描けないなって思った。
すずは結局周作に確かめる事はせず、過去を受け入れて胸にしまう。
それは我慢する事ではなく、周作と生きていくことを選択したすずの意志である。

りんの存在を考えて再読してみると、
すずと周作の橋の上での会話シーンは、作品全体を支えるテーマにつながってくる。

すず:「夢から覚めるとでも思うんじゃろうか」
「住む場所も仕事も苗字も変わってまだ困ることだらけじゃが
ほいでも周作さんに親切にして貰うてお友達も出来て今覚めたら面白うない」
「今のうちがほんまのうちならええ思うたんです」

周作:「過ぎた事選ばんかった道みな 覚めた夢と変わりゃせんな」
「すずさん あんたを選んだんはわしにとってたぶん最良の現実じゃ」

この世界の片隅に(上)/こうの史代

今年の文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞!
15日からNetflix配信開始!
連続ドラマ化が決定!

まだまだ勢いが衰えず。ドラマは今年の夏頃とのこと。
ぜひとも主人公のすずはのんさんに演じてほしい。
相手役の周作は坂口健太郎くんあたりでどうだろう。5分刈りで。

原作を読んだきっかけは、映画を観に行った後に、
「これは原作も読まなければ!」と思い購入。

装丁は全面に淡い水彩画で描かれていて、並べて飾りたくなってしまう。
こうのさんの絵柄は、スクリーントーンを使っていないので、
一コマ一コマの描写が細かい。

何より漫画のカケアミの表現(↓赤い丸の感じ)が好きだ。
背景は、丁寧に線を重ねられてノスタルジックな雰囲気が漂う。

さて、上巻の内容はというと、戦争が始まる少し前、
主人公のすずが広島から呉へ嫁ぐ以前から語られる。

「・・・いやなら断りゃええ言われても

いやかどうかもわからん人じゃったねぇ・・・」

突然縁談が持ち込まれ、18歳で夫・周作のいる呉へ嫁ぐことになったすず。
流されるまま、新しい場所で、夫家族との新しい生活が始まる。

小姑に嫌みを言われても、ご飯の支度に失敗しても、
置かれた状況に慣れようとするすずのひたむきな姿に共感してしまう。

そういえば、私の祖母は無理やり縁談をまとめられて、
ショックで3日間納屋に立てこもったという話をしたことがあった。

今みたいに自由に選択ができなかった時代があったんだよな、と考えると、
本来では悩むべきはずではないことで、悩んでいることが大部分なんじゃないかと思えてくる。
つまりそれは無駄な時間を過ごしているというわけで・・・

これ以上はやめよう、寝よう。